焦がれるスパイス【男1:女1】
題名『焦がれるスパイス』
声劇用 男性1名女性1名 目安30〜40分
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題名「焦がれるスパイス」
作:みつばちMoKo
橘凌太:
保坂汐梨:
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凌太:買う予定だったものってこれだけ?
汐梨:んーと。あっクミン!大事なスパイス買ってない。
凌太:カレーに使うスパイス?
汐梨:そう。あれがないとダメなの。
凌太:じゃ、それも買いに行こ。いつものスーパーにある?
汐梨:あるかもだけど……、できればおっきいの買いたい。凌太くんカレー好きでしょ? 頻繁に作るからたくさん必要だもん。
凌太:だって汐梨の作るカレー美味しいからさ。
汐梨:嬉しいけど……いっつもカレーばっかり作ってるような気がする。
凌太:いいの、好きだから。お礼に美味しいコーヒー淹れるから。
汐梨:やった。凌太くん、コーヒーは淹れるのうまいもんね。
でも、私知ってるんだ。凌太くん、ほんとは料理、結構出来るでしょ……?
凌太:……まぁ。でもやっぱり、彼女に作ってもらう料理を食べたいじゃん。だから……お願い。カレー作って?
汐梨:別に料理は嫌いじゃないし。作るから安心して。
凌太:じゃあ、駅前のスパイスショップ行って、ついでにコーヒー豆も買お。
汐梨:うん。そうしよっか。
凌太:行こ。
汐梨:あっ。凌太くん、こっち側。
凌太:……あぁ。……うん。
汐梨:ふふ。行こ。
凌太M:彼女はいつも俺の右側を歩く。日本の交通事情的に男性は右、女性は左を歩くカップルが多いんだとか。俺も右利きだから何かあった時に彼女を守るためにも俺が右側を歩く方が都合がいいのだけど、彼女は頑なに俺に右側を歩かせてくれない。だんだんその振る舞いに不満を抱き始めているのは見せないけれど。
【凌太の自宅】
汐梨:なぁに? じっと見て。
凌太:俺ね、家でスパイスからカレー作る人、汐梨が初めて。
汐梨:マスターがね、こうやって作ってたの。
凌太:前に連れていってくれたカフェの?
汐梨:うん。カフェっていうか古びた喫茶店だけれど。 ふふ。そんなこと言ったらマスター怒るかな。
凌太:カレーの思い出は、ばあちゃんのカレーしか思いつかないなぁ。
汐梨:一緒に住んでたっていうおばあちゃん?
凌太:そう。前に話したかもしれないけれど、俺、小さい頃、両親と離れて暮らしてたからさ、じいちゃんとばあちゃんと住んでたんだよね。カレーもばあちゃんが作ったのが俺の思い出。今はじいちゃんもいないし、ばあちゃん、カレーひとりで食べてんのかなぁ。
汐梨:そっか。食べてみたいなぁ、おばあさんのカレー。
凌太:汐梨も好きだと思うよ、ばあちゃんのカレー。美味しいから。
汐梨:そう言われるとますます気になる。
凌太:ふふ。マスターのお店には前はよく通ってたんだよね?
汐梨:実家があの辺だったからね。マスターの人柄が好きで。家では話せない相談とかもしてたな。
凌太:俺も一回しかお店に行ってないけれど、話しやすい感じはしたなぁ。
汐梨:でしょ。なんかなんでも打ち明けちゃうんだよね。
凌太:素敵な人だね。
汐梨:どこか凌太くんに似てない?
凌太:え? 顔が?
汐梨:違う違う。話しやすさとか。
凌太:そうかな?
汐梨:あと、好きな人には直球なところとか?
凌太:え、直球?
汐梨:わかりやすいよ、凌太くん。
凌太:……そう…なの?
汐梨:うん。まぁ、そういうとこが良いとこなんだけれど。女性は嬉しいと思うよ、好意をちゃんと感じられるっていうのは。
凌太:汐梨も? 汐梨も嬉しい?
汐梨:もちろん。私に対してだけっていうのが分かったし。じゃなきゃ付き合ってないよ。
凌太:マジで…? ね、ね、ちょっと抱きしめてもいい??
汐梨:ダメ。今、カレー作ってるから。
凌太:…だよね。
汐梨:そうやって毎回シュンとするの、ワンコみたい。
翔太:ワンコ? 俺、犬なの??
汐梨:ふふ。ほんとこんなに素直な人、なかなかいないよね。
翔太:ばあちゃんたちに正直に生きろ、嘘はつくなって言われて育ったからかな…。
汐梨:それが良いところだもん、胸張っていいと思うよ。
翔太:汐梨はさ。パッと見、おとなしそうだけれど話すといつも楽しそうで。でもスッとどこかへ行ってしまうような感じもあって、なんか不思議な人。
汐梨:えー?
翔太:始めて会ったときもそんな感じだったよ。
【過去:待ち合わせのカフェ】
汐梨:……橘さん、ですよね?
凌太:……保坂さん、ですか? 初めまして。
汐梨:初めまして。
凌太:…俺、あのっ。えっと緊張してて。すいません。
汐梨:えっ。
凌太:その、先輩から聞いてたけれど、こんなに綺麗な人だとは思わなくて。
汐梨:なんて聞いてたんですか?
凌太:まぁ…いろいろ。
汐梨:内緒、ですか?
凌太:まぁ男同士の会話なんて聞いて女性は気持ちのいいもんじゃないと思うし、聞かない方が……。
汐梨:いっつもボーッとしてひとりでいて、何考えてるかわからない、とか?
凌太:あー…いや、そうじゃなくって。…いや、だいだいあってる…かも。
汐梨:ふふ、正直なんですね。よく言われるんです。
凌太:先輩が……ミステリアスな雰囲気がたまらない、とか…。あっ。
汐梨:ふーん、そんなこと話してたんですね。
凌太:すいません…。男って基本エロいことばっかり考えてるんで。
汐梨:私も宇藤さんから友達経由で橘さんのこと聞いてました。
凌太:えっ、どういう風に?
汐梨:いろんな意味で素直な人だって。
凌太:いろんな意味? どういうことだろ…? でも良かった、変なことじゃなくて。
汐梨:宇藤さんの後輩なんですよね?
凌太:あっはい。女っ気のない俺を心配したらしく、いい人がいるからって紹介を。
汐梨:私もです。前の恋愛からだいぶたってるのに彼氏作らないのかって友達に言われて。宇藤さんとはその友達と一緒にいたときに一度会ったことあるんです。
凌太:そうなんですか。今どき、こういう紹介という形で直接会うのって珍しいですよね。
汐梨:ほんと。今はネットとかで出会うんでしょう?
凌太:そうそう。その通り。
汐梨:ふふ。ですよね。
凌太:あっ俺、飲み物オーダーしてきます。何がいいですか?
汐梨:えーと甘めの方が好きです。ミルクも多めで。
凌太:かしこまりました。じゃ、俺に任せてもらってもいいですか?美味しいやつカスタマイズして注文してくるんで。
汐梨:いいんですか? じゃあ、お願いします。あっお金!
凌太:高い金額じゃないし奢らせてください。
汐梨:ではお言葉に甘えちゃおうかな。ありがとうございます。コーヒーお詳しいんですか?
凌太:詳しいっていうか、ただ好きなだけです。じゃ、ちょっと待っててください。
汐梨:はい、楽しみにしてます。
(少しの間をとる:コーヒーを注文し席に戻る)
凌太:お待たせしました。
汐梨:………。
凌太:保坂さん?
汐梨:………。
凌太:お待たせしました? 保坂さ…
汐梨:あっお帰りなさい。
凌太:窓の外に何かありましたか?
汐梨:え?
凌太:左向いて何か真剣に見てるから、俺に気づかないのかと。
汐梨:……もしかして、結構前から戻ってきてました?
凌太:いえ。ほんの少し前です。
汐梨:すみません。
凌太:いえいえ全然。はい、これ。どうぞ。
汐梨:ありがとうございます。すぐ飲んでみてもいいですか?
凌太:もちろん。
汐梨:あっ美味しい!これなんて言って注文したんですか?
凌太:ふふ。良かった。良ければメモしましょうか。他のおすすめのオーダーの仕方も。
汐梨:わっ助かります。
凌太M:誰しもふと物思いにふけることがあると思うけれど、彼女が見せたその横顔がとても綺麗だったのを覚えている。正直見とれて声かけるのが遅くなったぐらいだ。彼女にどんどんはまっていって、恋焦がれて。 ばあちゃんしかいなかった俺にすっと寄り添ってくれて、いつの間にか離したくない人になっていた。
【過去:祖母の死後、凌太の自宅】
汐梨:凌太くん。
凌太:……。
汐梨:勝手に入ってきちゃってごめん。玄関の鍵、開きっぱなしだったよ。
凌太:…ごめん。
汐梨:ううん。
凌太:…ごめん。
汐梨:大丈夫だよ。
凌太:…ごめん。
汐梨:……凌太くん?
凌太:ごめん。…ごめん、ばあちゃん。
汐梨:おばあさん、ちゃんとお見送りしてきた?
凌太:まだまだ、元気なばあちゃんでいてくれるって勝手に思ってた。
汐梨:…うん。
凌太:就職してあまり会いに行けなくても、電話で元気な声を聞いてたし。
汐梨:…うん。
凌太:先月、久しぶりに会いに行くはずだったのに、当日急きょ仕事が入って行けなくて。
汐梨:…そうだったね。
凌太:「また今度おいで」っていつものばあちゃんだったけれど…。ほんとは、俺が来るのをすごく楽しみにしてたって葬式で聞いて。
汐梨:うん。
凌太:カレー…、カレー作って待ってたって。
汐梨:そっか…。凌太くんの大好物だもんね。
凌太:俺…。俺、なんであのとき無理にでも会いに行かなかったんだろっ。
汐梨:凌太くん…。
凌太:頑張れば、行けたのに。仕事切り上げて行けたのに。
汐梨:ん……。
凌太:なんで…。なんで行かなかったんだよっ俺っ。
汐梨:凌太くん。
凌太:やだ、俺、ひとりになる。ばあちゃん居なくなったらっ!誰もいなくなるっ。
汐梨:凌太くんっ。凌太くんっ。
凌太:なんでっ。
汐梨:凌太くんっ!こっち見て。私を見て。
凌太:うっ。
汐梨:大丈夫。大丈夫だよ。……ひとりじゃないよ。
凌太:やだよ……。
汐梨:大丈夫だよ。
凌太M:汐梨の胸にぎゅっと抱きしめられながら号泣していた。言葉はないけれど、あったかい汐梨の身体が俺の懺悔と孤独と悲しみを吸い取ってくれてるようで、気が付いたらすがるように抱きついていた。こうやって黙って寄り添ってくれる汐梨が愛しくてたまらなくて。 だから余計に不安も大きくなっていった。
【ランチ後】
汐梨:凌太くん、これ見て。ここのカフェ素敵じゃない?
凌太:ほんとだ。雑誌に載ってるってことは最近できたのかな?
汐梨:んーと、二ヶ月前だって。
凌太:汐梨はカフェデートかおうちデートが好きなんだもんね。
汐梨:うん。あーでもちょっと遠いかも。
凌太:えっそうなの?
汐梨:電車で1時間半ぐらいかなぁ。
凌太:じゃあ今度さ、ドライブしがてら、ここ行かない?
汐梨:んー…。
凌太:やっぱりドライブ嫌い?
汐梨:ちょっと苦手かな。
凌太:レンタカー借りるよ? 久しぶりの運転だけど、大丈夫だと思う。
汐梨:やっぱり辞めよ?
凌太:なんで?
汐梨:だって…。ううん、なんでもない。
凌太:そんなに俺のこと信用ない?
汐梨:そうじゃなくって。
凌太:じゃあ、なに?
汐梨:……とにかく、ここに行くのはやめとこ。
凌太:なんかさ、他に理由あるの?
汐梨:どうして?
凌太:なんか頑なにドライブ行こうとしないから。前にも誘ったけれど、断られたし。
汐梨:車酔いしやすいだけだよ。
凌太:……。
汐梨:歩くの好きだし。
凌太:……。
汐梨:だから…。凌太…くん?
凌太:(ため息)
汐梨:どう…したの?
凌太:もう出よ。
汐梨:…う、うん。
(店を出る)
凌太:駅前のお店、寄っていくでしょ。行こ。
汐梨:待って。凌太くん。
凌太:……。
汐梨:そっちじゃなくってこっち側、歩いて。
凌太:……。
汐梨:凌太くんってば。
凌太:……こっちの手、握るの初めてかも。
汐梨:だって、右手は…。
凌太:そうだよね。
汐梨:え?
凌太:ねえ、なんで俺の左側を歩かないの? どうしていつも右側なの?
まるで誰かいるみたい。俺の知らない誰かがそこにいるみたい。
もしかして特別な誰かのためにそこの場所を開けているんじゃないの?
車に乗りたがらないのは誰かとの思い出があるから?
違う? ずっとずっと気になって仕方ない。ねえ、教えてよ。どうして? ねぇ!
汐梨:……。
凌太:なんで黙ってるの? 図星だから? 他に理由あるんだったら言ってよ。 俺だって君を守れるよう右側を歩きたいんだよ。なんで…なんでなんだよ!
汐梨:凌太くん、落ち着いて。
凌太:落ち着いていられないよ。
汐梨:……別に理由なんかない。理由をつけるとしたら…ただ右側を歩くのが好きなだけよ。
凌太:ほんとに?
汐梨:うん。……ごめん、今日の凌太くん、怖い。
凌太:ごめっ。
汐梨:今日は帰る。
凌太M:ひとり傘をさして帰る汐梨の後ろ姿に、思わず声を荒げて責めてしまったことを後悔した。そのあとすぐ連絡なんかできなくて、真実を知るのが怖くて逃げていた。しばらく味気のない毎日を過ごして、つい癖でひとりでスパイスコーナーを見にいったのだけれど、少し棚の前でぼーっとしていたかもしれない。気が付いたら彼女が前に連れていってくれたカフェに来ていた。
そして…。マスターと話をした後、俺はカフェを飛び出していた。
凌太:はっはっはっ(走っている呼吸音)。何やってんだよ、俺!
ごめんっ。ちゃんと話をっ。汐梨っ。はっはっはっ。
(インターホン押す・ドア開ける)
【汐梨の家】
汐梨:凌太くんっ?!?
凌太:……はぁはぁはぁ(息を整えつつ)、汐梨。
汐梨:何?どうしたの? 走ってきたの? ……すごい汗。
凌太:ごめん。俺、勝手にひとりで…。
汐梨:待って。ちょっとお水持ってくる。
(お水持ってくる)
汐梨:はい。飲んで。
凌太:ありがと。
(飲み干す)
汐梨:ん。……で、なぁに?
凌太:俺、勝手に妄想してヤキモチ妬いて。それでひとりで不安になって。
汐梨:どういうこと?
凌太:マスターに聞いてきた。
汐梨:マスターに?……何を?
凌太:その、あのさ。なんていうか…。
汐梨:うん。
凌太:だから……耳が聞こえないって。右耳が…聞こえないってこと。
汐梨:……うん。そっか、聞いたんだ。
凌太:なんで言ってくれなかったの。
汐梨:聞こえないっていうか突然聞こえなくなったっていう方が正しいかもしれない。両耳が聞こえないわけじゃないから、完全に聴力を失ったわけじゃなかったし。片方聞こえれば生活にそんなに支障はないから。
凌太:左側を歩かないのはそのせい?
汐梨:右からの音はどうしても反応が鈍くなったりするから。小さい声だときっと無視しちゃうだろうし、そしたら凌太くん、いい気はしないでしょ?
凌太:でも、知ってたら俺だって気を遣えたかもしれない。
汐梨:それが嫌だったの。世の中にはもっと不自由に暮らしている人がいるのに、私は生活していくのに問題はないんだからこんなに幸せなことはないの。甘えちゃいけないの。
凌太くんは優しいからこのこと打ち明けたら、きっと会ってる時も気遣ってくれるでしょ?
凌太:それはそうかもしれないけれど…。
汐梨:そうしないといけないと思って。自分を甘やかしたくないの。
凌太:でも、俺知っちゃったから、きっと気にする。
汐梨:ほら。
凌太:助手席がいやなのも、そのせい?
汐梨:うん。車のシートって真横でしょ? 会話してても運転席の人はずっと前見てなきゃダメだし。余計に声が聞こえずらいの。
凌太:そっか。ごめん。なんか俺変なこと言って責めちゃったね。
汐梨:ううん。言ってなかった私が悪い。
凌太:ごめん、ほんとに。ごめん。
汐梨:ううん。私こそ黙っててごめん。友達に凌太くんには伝わらないようにお願いしてたの。 いつかバレちゃうんじゃないかとは思ってたけれど。 まぁ、バレちゃったら仕方ないか。……別れる??
凌太:は?
汐梨:嫌じゃないの? 面倒じゃない?こんな女。
凌太:バカじゃないの。そんなこと言う汐梨はバカだよ。
汐梨:……バカでごめんね。
凌太:もう隠し事はない?
汐梨:……ない。
凌太:ん。だったら今まで通りにしよ。
汐梨:いいの?
凌太:いいに決まってる。
汐梨:ん、ありがと。
凌太:これからもよろしくね。
汐梨:……歩くときとかは今まで通り、右側でいい?
凌太:もちろん。その方が聞こえやすいんでしょ?
汐梨:正面向いて話すときは大丈夫だから。
凌太:はぁ良かった…。ずっと、誰かのために右側を空けてるんだと思ってたから。
存在しない誰かに嫉妬して気が狂いそうだった。
汐梨:バカ。
凌太:お互いバカだね。
汐梨:ふふ。うん。
【その後、カフェ】
凌太:汐梨? ここ、今度行ってみる?
汐梨:どこ? あっここ?行ってみたいかも。
凌太:よし。じゃあ次の休みに行ってみよ。電車での行き方、調べとく。
汐梨:……凌太くん。
凌太:ん?
汐梨:ありがと。……ほんとにありがとう。
凌太:えっなに。ちょっとそんなに何回も言われるとかえって怖いんだけれど。
汐梨:聞こえないこと、言ってよかった。
凌太:え?
汐梨:なるべく車を使わないようにしてくれてることも、今日はカウンターで横並びの席だったけれど、さっと左側に座ってくれたことも。気づいてたよ。
凌太:あー…。そのぐらいはね、俺にもできるかなって。
汐梨:凌太くんは私が一人でなんでもできるようにしてくれる人なんだね。
凌太:それって普通じゃない?
汐梨:そんなことないよ。自分が私の代わりになって聞けばいいっていう人もいるんだよ。
凌太:それも一種の優しさかも、ね。
汐梨:そう…なの…かもね。
凌太:一緒にいるんだから、ふたりじゃなくってひとつだって考えればいいって思ってるんじゃないかな。「一心同体」みたいな。ちょっと違うかもしれないけれど。
汐梨:うん、そうだね……そうだった。
凌太:あれ? スマホ震えてない?
汐梨:ほんとだ。あっ……切れちゃった。
凌太:誰?
汐梨:……昔の知り合い。久しぶりすぎてびっくりしちゃった。
凌太:掛け直す?
汐梨:あー……ううん、いい。
凌太:そう? じゃ帰ろっか。
汐梨:うん。
凌太:あっ、コーヒー豆買って帰ろうかな。
汐梨:………。
凌太:汐梨?
汐梨:ごめん、先に行っててくれる? やっぱり掛け直してくる。
凌太:あぁ、うん。久しぶりの電話じゃ内容が気になるか。じゃ、いつもの店に先に向かってる。
汐梨:わかった、追いかけるね。
凌太M:そう言って彼女は僕の右側から離れていった。彼女は今日も左を歩かない。
でも、これからは疑わない。もう、何も聞いたりしない。
汐梨:もしもし。……お久しぶりです。はい、元気…です。そちらは?……そっか。
え?あー、耳は…。 ふふ、今も気遣ってくれてるんですか?
そう、前は私の右耳の代わりにいつも右側歩いてくれてましたね。
今?……いません。…右側には。
凌太M:そして彼女は…。俺に愛してると……一度も言わない。
……………………………………………………
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