ラストウィング【男1:女1】

題名『ラストウィング』
全年齢 男性1名 女性1名 30〜40分


咲季(さき):普段は明るくよく話すが、芯があり凛としてる。
大地(だいち):咲季を小さい頃から知っている。訳あって咲季には敬語。
この二人の遊園地デートの一日。

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題名「ラストウィング」
作:みつばちMoKo 
咲季:
大地:

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咲季:うわー、めっちゃ混んでる…。

大地:だから言ったじゃないですか。
   休日の遊園地なんて混んでるに決まってるって。

咲季:えー、でも遊園地デートは鉄板でしょ?
   一回来てみたかったんだよねぇ。

   来たことあるの?

大地:……まぁ、友達と。
   学生の時ですけどね。

咲季:ふーん。

   ところで、まだ敬語なんだ?

大地:…すみません。癖になってしまって。
   敬語をとっちゃうとなんだか…。

咲季:まぁ、いいけど。

   私、一応下調べしてきたんだよねー。

   えーと、確かアレ。
   アレから乗るといいんだって!

   行こ?

大地:はいはい。
   走らないで、ゆっくり歩いてください。
   怪我されると困りますから。

   ったく、相変わらずだなぁ…。


【アトラクションの前】

大地:コレ…ですか?
   結構な人待ってて、長い列ができてますよ?

咲季:いいじゃん、それが遊園地の醍醐味ってとこでしょ?

   はい、並ぶ。

大地:…楽しそうですね。

咲季:楽しいよ?
   彼氏と遊園地来れるなんて、楽しいに決まってるじゃん。

大地:…それは、恋人とだからですか?
   それとも…。
   
   僕と、だからですか?

   あーいや、なんでもないです…。

咲季:どっちもかな?
   大地が彼氏で、彼氏が大地だからかな。

   だってやっと付き合ってもらえたんだもの。
   それだけで幸せ。

大地:…ちょっと列からはみ出てますよ。
   ほら、後ろ…

(人とぶつかりそうになり、大地が庇う)

大地:っと。
   
   大丈夫ですか?

咲季:あ、うん、ありがとう。

   え? ひざ?
   痛いの?

大地:いや、大丈夫です。
   ちょっと力の入れ方を間違ったみたいです。

咲季:前、怪我したところだよね?
   大丈夫?

大地:普通に生活するには問題ないんで。
   今のも、ちょっとズキッとしたぐらいなんで大丈夫です。

咲季:心配だな、もう。
   だって、あの怪我って…。

大地:いや、ほんと大袈裟ですよ。
   とっくに完治してるんです。
   心配させてすみません。

   あっほら、前に進んでます。
   詰めましょう。

咲季:…つらくなったら言ってね。

大地:ほんとに大丈夫ですよ。
   今日は楽しむんでしょ?

   …最後まで付き合いますから。

咲季:あ。私が浮かれてるの、バカにしてるでしょ。

大地:バカになんかしてません。
   約束ですからね、あなたとの。
   最後まで楽しむって。

咲季:うん、そうだね。
   約束だもんね。

   よし、楽しむ!

大地:咲季さん、手を貸してください。

咲季:え?

大地:はしゃぎすぎて転びそうだから。

咲季:え? 繋ぐの?

大地:恋人なんですよね、僕たち。

咲季:いいの? 繋いでくれるの?

大地:なんですか、その言い方。
   僕がすごい冷たい男みたいな。

   恋人と手を繋ぐことさえしないと思ったんですか?

   はい、お手をどうぞ。

(手を繋ぐ)

咲季:へへ、嬉しいな。

   私、手に汗かいてない?
   大丈夫?

大地:全然大丈夫ですよ。

咲季:ねぇねぇ、ギュって強く握ってみて。

   わぁ。
   ほんとに手繋いでる!ギュってしてる!

大地:ちょっ。
   テンション上がりすぎです。
   それに手を見過ぎ。

咲季:だって嬉しいんだもん。
   恋人として手を繋いでるんだよ?

   どうしよう。私、今日興奮して眠れないかも…。

大地:大袈裟です。
   いつでもこれぐらいしますよ。

   ただ機会がなかったっていうか…、恥ずかしかったっていうか…。

咲季:じゃあ、今日は繋げるときは繋いでてもいい?

   夜までずっと。いい?

大地:…はい。夜までずっと。

   その代わり、僕から離れないでくださいね。


【アトラクション終了後】

咲季:うぅ…。

大地:はは、意外とこういう系の乗り物、ダメなんですね。

咲季:こんなに揺れると思わなかった…。

大地:ちょっと休みますか?

咲季:ううん、いいや。
   ゆっくり歩けば大丈夫。
   時間もったいないし。

   でも、ベンチで一休みしてから、お土産屋さん、みてもいい?

大地:いいですよ。
   じゃ、ゆっくりいきましょう。

   遊園地デートは初めてって言ってましたけど…、友達と一緒には?

咲季:あー、約束してきたことはあったんだけどね。
   お父様がダメだって。
   過保護すぎない?

大地:ふふ。そうかもしれませんね。

咲季:まぁ約束を破って行けなかったからって、
   関係がダメになっちゃうような友達じゃなかったことが救いかな。

   こんな私なのに、友達には恵まれたと思う。

大地:それは、咲季さんの人柄のおかげじゃないですか?

咲季:それはねぇ…。
   誰かさんに、友達とうまくやるコツをずっと教わってきたからですよー。

大地:へぇ?
   その誰かさんってどなたでしょうねぇ?
   ふふ。

咲季:普通だったら私と友達になるのなんて、私じゃなくって
   私のまわりの何かを期待してでしょ?

   でも…。
   本当に私自身と向き合ってくれる友達ができたことは幸せだと思う。
   数人だけどね。

大地:そうですね。
   よく家に帰ってから、僕に抱きついて泣いてましたもんね。

咲季:あの時はお世話になりました。

   ほんと、ありがとね。

大地:ふふ、可愛かったですよ。あの頃の咲季さん。

   泣き虫だけど、芯があって。
   若いのに母性もあって。キラキラして。
   目が離せませんでした。

   まぁ、目が離せないのは、今もですけど。

咲季:それはどういう意味?
   危なっかしくて?
   それとも…。

   なんてね。

   私、何回告白したんだっけ…。

   それでやっとだよ?

   行きたかったカフェにも一緒に行ったし、
   夜、電話して話して、ドキドキして、憧れの遊園地デートもできて。

   もっと行きたいとこ、あるんだけどなぁ…。

   毎日楽しくて、嬉しくて。
   でも切なくて、会いたくて。
   気持ちがすごい忙しいぐらい動くの。

   あぁ、恋をするってこんなにキラキラしたものだったんだなぁって
   実感した。

   だから。
   ありがとね。

大地:咲季さん…。

咲季:あー、お土産、みてみよ?

   なんか記念に買ってもらおうかなぁ。
   デートだし。

   ぬいぐるみ?
   っていう年齢でもないしな…。

   マグカップ?
   あー、この柄可愛い。

   どう思う?

大地:いいと思います。

   でも、なんでもいいですよ。
   値段とかそういうの気にしなくて。
  “彼氏“、ですからね。

咲季:ほんと?
   んー、じゃ真剣に考える。

   えーとねぇ…

   コレっ…は多分使わないし。

   コレっ…は私の趣味じゃないし。

   あ……。

大地:ん?どうしました?

咲季:ううん、なんでもない。
   あっちの方も見よ?

大地:いいんですか?
   本当は欲しいものがあったんじゃないですか?

   僕はなんでもいいんですよ?

咲季:いいの?なんでも。

大地:はい、もちろん。

咲季:じゃあ…。
   アレ。

大地:アレ?

咲季:ちょっとこっち来て。

   コレ。
   この指輪が欲しい。

大地:え?
   指輪って言っても、コレおもちゃみたいなもんですよ?
   多分、小さい女の子がするみたいな。

咲季:いいの。
   コレがいい。

大地:咲季さんが欲しいなら、僕は構いませんけど…。

   …で、どのモチーフのが欲しいんです?

咲季:コレ。
   この羽がついたやつ。

大地:羽?
   あぁこの翼みたいのですね。

   あ。
   羽モチーフみたいなもの、他にも持ってましたよね?
   ブローチかなにか。

咲季:うん。好きなの、羽とか翼とか。
   人間にはないものだから。

大地:そういえば、昔、飼っていたインコを逃しちゃったことがありましたね。

咲季:あったね。

   なんか、かわいそうになっちゃったんだよね、鳥籠の中にいるのが。

   あの日、バダバタ暴れてたから、とりあえず部屋の中なら
   大丈夫だろうって思って、籠から出したんだけど…。

   そしたら、少し開いていた窓の隙間から飛んでいっちゃった。

大地:そうだったんですか?
   自分で逃したって言ってましたけど。

咲季:私が望んでしたようものだったから、そう言っただけ。

   で、買ってくれるの?くれないの?

大地:買いますよ。
   でも指輪だったらもっといいものが…。

咲季:もっとちゃんとしたいいものはこれから貰えるでしょう?

   だから、今はコレがいい。
   今、大地に貰いたい。

大地:…わかりました。
   じゃ、コレ買ってきます。

咲季:ん。ありがとう。


【遊園地閉園近く】

大地:咲季さん、そろそろ帰らないと。

   乗り物もたくさん乗りましたし、夜のイベントも見ましたし。

咲季:…そっかぁ。
   終わりか…。

   楽しい時間はあっという間だね。
   寂しいなぁ…。

大地:じゃあ、すぐ車に乗らないで少し散歩しながら帰りますか?

咲季:うん!

大地:…さっきの指輪、つけたんですね。

咲季:うん。可愛いでしょ?
   つけるなら今日しかないし。
   
   大地。…ありがとね。
   今日まで本当にありがとね。

   もう一緒にいてもらって何年になるんだろ。

大地:咲季さんが小学3年生で、私がその4つ上ですから…
   もうすごい長いですね。

咲季:こんな私の話し相手しろって言われて、嫌だったでしょ。

大地:まぁ、そうですね。
   当時は反抗期とかありましたし。
   なんで俺が…、いや僕がって思った時もありました。

咲季:お母様が亡くなっちゃって。
   家柄のせいで仲の良いお友達もいなくって。
   寂しがってると思ったんだろうね。

   そしたら、大地が来た。

大地:僕は父に命令されて、来ただけです。
   社長の娘の話し相手をしろ。
   そしたら入りたがってたサッカーチームに申し込んでやるって。

咲季:大変だったでしょ。
   サッカーもやって、私とも遊んで。

大地:まあ、大変じゃなかったって言ったら嘘になりますけど。

   好きなサッカーもできましたし、
   咲季さんの相手もそれなりに楽しんでましたよ。

咲季:その頃にさ、友達ができない私に色々アドバイスしてくれたんだよね。

大地:男と女で友達になる方法って違うでしょうけれど、
   ただ、自分を作るな、さらけ出せって伝えただけです。

   ただでさえ、咲季さんは色々なしがらみの中で生きているんです。
   友達の前でも取り繕っていたら、壊れてしまうと思って。

咲季:私それ信じてクラスの子の前で、ほんとは駄菓子が好き!
   薔薇は嫌い!って正直に叫んだら、すんごく大笑いされて。
   こんな面白い人だったんだって、近づいてきてくれて。
   その中の何人かが、今の親友。

大地:よかったですね。

咲季:感謝してるよ?ほんと。

大地:私も感謝してます、咲季さんに。

   膝を怪我して…。
   サッカーでもうトップは目指せないって言われて。
   すごく落ち込みました。もういなくなってもいいって思いました。

咲季:覚えてる。
   毎日、病室に押しかけたもん。

大地:みんなは「大丈夫」「日常生活には問題ない」「元気出せ」って
   そればっかりで。

   でも、咲季さんは…。
   自分の周りで起こったこととか、友達とこんなことがあったとか、
   家の様子がどうとか。たわいもない報告みたいな話ばかりで。

   でも、それが気持ちを軽くしてくれた。

   このまま、その日常に戻って行っても大丈夫なんじゃないかって思えた。
   だから、また生きていこうって思えた。

   …それに、それ以外に、守っていきたいものもできたから。

咲季:その頃からだよね、敬語になったの。

大地:サッカーができなくなって、父がなんか僕に使命を与えなきゃって
   思ったんでしょうね。
   咲季さんの話し相手から、“お世話係“になった。

   まぁ上司みたいなものですから、敬語になるのが当然というか。
   ちゃんと線引きしなきゃ行けないと思いました。

咲季:私は寂しかったけどね。心の距離が離れた気がして。

   近くにいられるならいいやと思って我慢したけど。

大地:私なりのけじめでした。
   悲しませてたのなら、すみません。

咲季:ううん。


大地:…五日後ですね、婚約発表。

咲季:そうだね。
   なんか実感ないなぁ…。

   お父様も、なにも自分の誕生日パーティで私の婚約発表しなくても
   いいのに。
   相変わらず派手好きなんだから。

大地:社長も自慢したいんですよ、咲季さんを。

咲季:お父様のまわりって、欲にまみれた人ばかりで苦手。

大地:だから牽制するんじゃないですか?
   自分の娘はこんなに素敵な子なんだから、下手に手を出すなよっていう。

   社長も不器用な方ですからね。
   素直に愛情を見せるのが恥ずかしいんですよ、きっと。

咲季:そうなのかな。

大地:だって僕を咲季さんのお世話係として残してくれたのも
   咲季さんを愛してのことでしょう?
   だいぶ、僕になついてましたからね。

咲季:そっか。
   やっぱり私はお父様に大事に大切に育ててもらってたんだね。

大地:お相手の婚約者さんはどんな方ですか?

咲季:それがね、いい人なんだよね。
   まだ2回ぐらいしか会ってないんだけどさ。

   まぁ向こうも同じように会社のために結婚させられるんだから、
   “同志“みたいな感じかな。

大地:いい人じゃなかったら…。
   もし、いい人じゃなかったら、どうしてました?

咲季:んー。どうだろ?
   考えたことなかったな。

   一度だけ…。
   一度だけね、王子様が私をさらってくれたらって
   メルヘンなこと考えちゃったけどね。

大地:王子様、ですか…。

   いいんですか?
   このまま素直に受け入れてしまって。

咲季:なぁに?
   一緒に逃げてくれるの?

   ウソウソ。

   いいの。納得してる。

   お母様が亡くなった後も、お父様は私を可愛がってくれた。

   生きていく上で必要な学力と知識を学ばせてくれた。

   確かに他より自由はなかったかもしれない。
   けれど、私なりに一生懸命楽しんできたの。

   だから後悔はない。

   例え、この婚約が会社を存続させるための政略結婚だとしても。

   それで、お父様と会社の人たちと、…その家族を守れるのなら、
   喜んで身を差し出すわ。

   それが私の使命。

   それに最後に二ヶ月だけ恋愛もできた。

   それが期間限定の恋だとしても、嬉しかった。

   大地はどうして、婚約までの二ヶ月間、
   恋人ごっこして欲しいっていう私のわがまま、受け入れてくれたの?

大地:それは…。

   咲季さんの力になれるなら…、なりたいって思ったから。

咲季:私ね、あまりに大地への好意がダダ漏れで真実味がないかも
   しれないけれど…。

   ちゃんと…。
   ちゃんと大地のこと好きよ。

   こんな私でもちゃんと恋愛できたの、嬉しいの。
   好きって気持ちでなんでもできちゃう。

   楽しかった。

   ありがとね。
   わがまま聞いてくれて、ありがとね。

   はぁ、楽しかったなぁ…。

大地:……咲季さん。

   久しぶりに私の胸に抱きつきますか?

   昔、嫌なことあったら、抱きついて、泣いて、
   私にぶちまけていたじゃないですか。

   もう僕はそうやって咲季さんを守れません。

   今日が最後です。

   …大丈夫ですか?
   
   本当は違うこと思ってませんか?

咲季:大地…。

(抱きつく)

大地:…っと。

   はは、いきなりでびっくり。

   久しぶりですね。咲季さんがこうやってしがみつくの。

   いいですよ、全部吐き出して。
   僕しか聞いてません。

   ほら、言ってみて。

   ほら。

咲季:……なんで。
   なんで私、あの家に生まれたの?

   どうしてお母様は先に死んじゃったの?

   友達と一緒に朝まで騒いで朝帰りしちゃダメ?

   礼儀作法ってなに?
   女性らしい振る舞いってなに?

   知らないおじさまたちにニコニコしなきゃダメ?

   品行方正にしなきゃダメ?

   どうして…。

   ねぇ、どうして好きな人と結婚できないの?

   ねぇ、どうして…。

大地:…咲季。

   咲季?

   このまま…。
   このまま俺と一緒に逃げるか?

   親父さんも会社も婚約者も全部捨てて、俺と一緒に行くか?

   お前がそう望むのなら、俺が叶えてやる。

   俺は元々、いち会社員の息子なだけだ。
   なにもない。

   お前に好きなものを買ってやれないかもしれない。
   世間の目から隠れて生活しなければいけないかもしれない。


咲季:大地…。

大地:俺は…。
   俺はずっとお前が寂しい思いをしていたのを知っている。

   そういう時こそ、わざと口角を上げて笑おうとしていたのも知っている。

   それがお前なりに上手く生きていくための術(すべ)だってことも
   わかってる。

   きっと婚約発表のときもそうやって笑うんだろ?

   その微笑みで会場にいる全員を魅了して拍手をもらうんだろ?

   それは咲季の望んでいることか?
 
   本当につらくないか?

   …もう、みたくないんだ。そんな、お前。


咲季:ほんとに…。
   ほんとに一緒に連れていってくれるの?

   無理に笑わなくてもいいの?

   大地とずっと一緒にいられるの?

大地:あぁ。
   ずっと一緒にいる。

   お前が望むなら、それを叶えてやる。

   …一緒に行くか?


咲季:大地が王子様になってくれるのか…。

   ふふ。
   大地はやっぱり優しいね。
   それに何年も一緒に過ごしただけあって私の性格をわかってる。

   大地は私の嫌がることはしない。
   絶対、私を尊重してくれる。


   大地は「私が望むなら」って言った。

   ううん、望まないよ。

   私ね。ちゃんと婚約する。

   そして結婚して会社もお父様も大地も守る。

   私、頑固なの、知ってるでしょ?
   一度決めたことは、変えないの。

   きっとこれが私に求められた運命。
   なら、その運命を受け入れる。

   犠牲になるとかは1ミリも思ってないよ。

   お父様も会社も大地も守れるなんて、そんな素敵なことないじゃない。

   人を幸せにできるなら、そんなことが私にできるのなら、
   こんな嬉しいことはないよ。

大地:本当にそう思ってる?

   じゃあ…、じゃあなんで泣いてる?

   嫌なんじゃないのか?
   このまま結婚することが。

咲季:お父様には十分よくしてもらったよ。
   欲しいものは全部与えてくれた。
   なにより大地に出会えた。

   恩返しっていうわけじゃないの。
   私にできることがあるんだったら、したいの。

大地:…その意思は変わらないんだな?

   いいのか?本当に。

咲季:…うん。

大地:そっか。

   いいんだな?
   
   本当にいいんだな?
  
咲季:うん。いいの。
   いいんだよ、大地。

大地:わかった。

   …頑固で、負けず嫌いで、ほんと最後までわがままだ。

咲季:ふふ、よく私をわかってる。

   大地。
   恋人ごっこに付き合ってくれてありがとう。

   楽しかった。
   幸せだった。

   話し相手になってくれてありがとう。
   恋人になってくれてありがとう。

   長い間、お世話になりました。
   私、幸せになります。

大地:…なんだか、娘が嫁に行くときに言うようなセリフ。

   俺の方こそ、無愛想な男に色々話してくれてありがとう。
   恋人になりたいって言ってくれて嬉しかった。

   最後に一つだけ言っておく。

   お前、俺にだけ、ときどき「私なんか」とか「こんな私が」って言うだろ。

   自分を卑下するな。

   俺が一緒にいた咲季という人は、凛々しくて、優しくて、
   人の痛みがわかる素敵な女性だ。
   じゃなきゃ俺はとっくに話し相手もお世話係も降りている。

   自信を持て。

   いつだってお前は魅力的で愛されるべき人だよ。

咲季:うん、ありがとう。

   …ね。
   最後に大きいわがまま言っていい?

   最後だから。ね?

大地:え?
   俺が耐えられるものにしろよ。

咲季:えーとね。

   最後に。
   “恋人のハグ“をして欲しい。

   こうやって私が一方的に抱きついてるんじゃなくって。

   大地が…、大地が恋人に、好きな人にするハグをして欲しい。

大地:そんなんでいいのか?

咲季:え、だったら抱いてってお願いしたら、抱いてくれるの?

大地:バカ、いや、それは…。

咲季:ふふ、冗談。

   ね?
   いいでしょ?

大地:わかった。
   じゃあ、一回離れて。

   ふぅ…。よし。

(恋人のハグをする)

咲季:ふふ。
   そっかぁ。大地はこういう風に好きな子をハグするのかぁ…。

大地:うるせ。

咲季:あったかいなぁ…。

   離れたくないぐらい、あったかいなぁ…。


   …痛い。

   痛いよ、大地。
   力、強すぎ。

大地:うるさい。黙って。

   …黙って抱きしめられてろ。

咲季:鼻水、ついちゃう。

大地:いっぱいつけとけ。

咲季:涙でぐちゃぐちゃになったお化粧がついちゃう。

大地:顔の形がわかるぐらいつけてもいい。

咲季:じゃあ洗濯…

大地:(被せ気味に)ほんと、黙って。

   …覚えとけ。

   これが俺の好きな子にするハグだ。

   最初で最後だからな。

咲季:うん、覚えとく。

   ずっと忘れない。
   忘れないよ。

大地:咲季…。
   
   ごめんな。
   王子様になってやれなくて、ごめんな。

咲季:大地はいつでも私の王子様だったよ。
   
   はー、満足満足。
   ありがと、最後のわがまま聞いてくれて。

大地:こんなの、わがままじゃない。


咲季:帰ろっか…。

大地:あぁ。


咲季:…え?え?
   手、繋いで帰るの?

大地:だって今日まで恋人なんだろ?
   まだ今日は終わってないんだから。

咲季:うん、うん、繋ぐ!

大地:…家の少し前までだけどな。

咲季:大地。
   私、この手の温もりも、ゴツゴツした形も、ずっと覚えておくからね。

大地:…忘れんな。
   絶対、忘れんなよ。

咲季:…うん。


【婚約発表当日 控え室】

(あればSE ドアノック音)

大地:失礼します。

   咲季さん、そろそろお時間です。

咲季:はーい。
 
   …どう?
   会場のみんなが見とれるぐらい、綺麗?

大地:…はい。
   すごく綺麗です。

   なんだ、もうちょっと緊張してるかと思いました。

咲季:緊張はしてるよ?

   こっからまた違う人生が始まるんだなーってワクワクもしてる。

大地:そろそろ、会場の扉の前で待つように言われています。
   ご案内します。

(会場前まで二人で移動)

大地:…こちらでお待ちください。

咲季:お父様がスピーチして、その後、私の名前を呼んだら
   入っていけばいいのよね?

大地:はい、そうです。

   なんか、意外と大丈夫そうで安心しました。

咲季:ん?
   堂々としてるってこと?

   私を誰だと思ってるの?
   この日のために色々やってきたんだから。
   
   …でしょ?

大地:…ははは。

咲季:なによ?

大地:いや、そういうとこ、やっぱり好きだなぁって思って。

咲季:……やっと聞けた。

   知ってたもん、大地の気持ちなんて。

   大地のその想いが、私を強くさせたの。
   強く生きてこられたの。

   大丈夫。
   これで、これからもちゃんと強く生きていける。

大地:咲季…。

咲季:…呼ばれたね。

   見てて。
   会場のみんな、魅了してくるから。

   ちゃんと私が心から笑ってるかどうか確認しといてね。

   …じゃあ、行くね。

   ありがと、大地。

(会場に入っていく咲季を見送りながら)

大地:…まるで羽がついているみたいに飛び立っていきやがって。

   ちゃんと羽ばたけよ。
   名残惜しいぐらい綺麗に…。


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