グッバイ シーシェル【男2】
題名『グッバイ シーシェル』BL版
声劇用 男性2名 45分程度
・高梨 律希(たかなし りつき):カフェのマスター。33歳。コーヒーとカレー作りが得意。優しく繊細。
・桐ヶ谷 和佐(きりがや かずさ):若き建築デザイナー。35歳。律希の店の常連客となる。仕事はできるが恋愛には口下手。
※タイトルの「シーシェル」(seashell)の和訳は「貝殻」。
※「律希M」「和佐M」と表記してモノローグが入ります。
※本作の“マスター“は『ラブレター504』と『焦がれるスパイス』に出てくる“マスター“として書いております(BL版とNL版があります)
NL版もございます
以下をコピーしてお使いください
題名「グッバイ シーシェル」
作:みつばちMoKo
高梨 律希:
桐ヶ谷 和佐:
https://mokoworks.amebaownd.com/posts/52362082/
【カフェ】
律希:お待たせ。 はい、今日のおすすめのコーヒー。
和佐:お、ありがとう。 今日のは?
律希:眠そうだから、コクと苦みの強いやつにしといた。
和佐:ふふ、よく分かったな。 その通り、眠いんだよ、昨日からあんまり寝てない。
律希:締切、近かったの?
和佐:お客様の都合でちょっと納期が早くなった。さらに会社が俺にそれを伝えるのが遅くなって。
律希:なにそれ、会社のせいじゃん。ひどいね。
和佐:流石に今回は俺も怒ったよ。でも最終的には俺がやらないとどうしようもないからさ。それにお客様が俺のデザインでっていうご指名だしな。
律希:へー、ご指名はありがたいね。
和佐:ほんとその通り。前に俺がデザインした家を見て是非にってお話しを貰ったんだ。でもなぁ、自分がデザインした家が俺好みであっても、お客様に気に入ってもらえなければ意味がないし、ご指名っていうのはやりがいとプレッシャーの紙一重な気もするな。
律希:そうだね。
和佐:だから、ここに来て癒してもらってるわけ。
律希:ふふ、ありがたいお言葉。癒されてるなら嬉しいけれど。
あっ、カレー食べる??
和佐:あー…食べたいところだけれど…、満腹になったら本格的に寝そうだから、やめとく。
律希:ん、わかった。
和佐:でも…。夜、うちに届けてくれると助かる。
律希:うん、いいよ。店閉めてから行くから、いつもぐらいの時間になるけれど。
和佐:全然構わない。むしろ助かる。夕方にはこの件、一旦落ち着くはずだから。夜は普通に帰れる。
律希:そっか、じゃあ家で待ってて。なるべく早く行くから。
和佐:慌てなくていいからな。
ていうか、ここのカレー、クチコミで評判高いのに、それを家で食べれるのって贅沢だよな。
律希:ふふ、まぁね。
和佐:なんていうか……恋人の特権?みたいな。あっ、言っとくけど、お前のコーヒーとカレーに惚れたわけじゃないからな。いや、それにも惚れたのは、まぁ、うん、認めるけれど…。こんなに美味いものを作る人は絶対いい人に違いないって。その、なんていうかさ…。あー…上手く言えねぇ。
律希:ふふ、大丈夫。ちゃんと伝わってるよ。初めてカレー注文したときがきっかけみたいなもんだからね。
和佐:そう、このカウンター席でな。あれ以来、ずっとカウンター。
律希:テーブル席の方が広いのに。仕事もしやすいと思うんだけど。
和佐:ここじゃないとお前とこんなに話せないだろ。言ったじゃん、癒してもらいに来てるって。
律希:僕と話すのは癒しなの?
和佐:そう、恋人に会いに来てるんだからさ。一番の目的はそこ。
律希:……ねぇ、口籠ったりもするくせに、たまに甘くなるの、なんなの?
和佐:たまにはこういうこともちゃんと言わないとって最近思ってな。
律希:そっか。ふふ、まぁ嬉しいからいいや。
あ…。僕…、間違ってないよね? 喜んでいいんだよね?
和佐:だからそれ……。大丈夫、お前は間違ってないよ。素直に喜んでいいんだ。
律希:そっか。……よかった。 でも……周りには秘密じゃないの? 僕たちのこと。
和佐:まぁここは会社から遠いし、バレないだろ。それに常にカウンターにいるから周りには何話してるかまで聞こえないさ。
律希:でも最近は雑誌とかメディアに出る機会もちらほらあるじゃん。
和佐:なんとかなるよ。
律希:無理はしないでよ。
和佐:わかってる。じゃあ、悪いけど仕事戻る。また夜に。
律希:うん、夜に。
和佐M:彼は自分が何か間違えていないか、よく俺に問う。メニューや店のことなんかは自信があるくせに、自分自身のことは全くもって自信がないらしい。思えば出会った頃からそんなことを言っていた。
【カフェ(回想)】
律希:すみません、今日は混んでて、カウンターしか空いてなくって。もう少しでできますので。
和佐:いえ、いいんです。一人だし、全然。仕事でこっちの方たまに来るんですけれど、いつもどんなお店かなって気になってたんです。
律希:そうなんですか。来ていただいて嬉しいです。
和佐:やっと来れたって感じです。
律希:お待たせしました。カレーです。コーヒーは食後にお持ちしますね。
和佐:……いただきます。
(一口食べる)
美味っ。
律希:へっ?
和佐:あっ、申し訳ない。すごく美味しくて、思わず声が。
律希:あぁ、ふふ、ありがとうございます。
和佐:うん、美味い! これ、もしかしてスパイスから…ですか? 後ろの棚にそれっぽいものがたくさん。
律希:あ、はい、そうなんです。凝り始めると止まらなくって。
和佐:へぇ、すごいな。
律希:お客様に喜んでもらいたいなって思って。初めは趣味程度でしたけど納得できるものが作れるようになったので、お店で出すことにしたんです。
和佐:初めて入ったお店で、こんなに美味いもんに巡り会ったのはラッキーだな。
律希:よかったです。ごゆっくりお召し上がりください。
和佐:はい、あっでも美味いからすぐ食べ終わってしまうかも。
律希:ふふ、それはもっと嬉しいです。お水もついどきますね。
律希M:お店に入って来たとき、目を奪われた。彼の醸し出す雰囲気やオーラが好きだなと直感で思った。でも間違えちゃいけない。彼を不快にさせないようにしなくちゃと普通を装った。彼にこっちのドキドキが伝わってしまわないかと、さらに緊張した。
和佐:美味しかったです。
律希:ありがとうございます。
和佐:海、好きなんですか?
律希:え?
和佐:だってそこ。レジの後ろに貝殻並べてるから。
律希:あー、ただ好きなんです、貝殻が。……癒されるから。
和佐:いいですね。では、また来ますね。
律希:えっ。また、来てくれるんですか?
和佐:えっ。来ちゃだめですか?
律希:あっ、いえ、その、初対面で色々語ってしまったから、気持ち悪いって思われたかもって。ちょっと浮かれてしまって。
和佐:へ? 全然そんなことないですよ。 むしろ、癒されました。
律希:ほんと…ですか? 僕、……間違えてなかったですか?
和佐:ふふ、間違えてないです。楽しかったです。
律希:あ…、おつり…です。
和佐:もっと自信持っていいですよ。誰かに何か言われたのかもしれないけれど、俺は楽しかったです。
じゃあ、また。ご馳走様でした。
律希M:泣きそうだった。家族でも友達でも自分が好意のある相手に自分を否定しないでくれることがどんなに嬉しいか。たった数分の会話。店を出ていく彼の後ろ姿を、どうかまた会えますようにと、見えなくなるまで見つめていた。
【和佐の家、玄関】
律希:じゃ、帰るね。
和佐:……
律希:あれ?
和佐:ん……。
律希:また店でね。
和佐:……ほんとに帰るのか?
律希:……帰るよ?
和佐:そうか……。
律希:なぁに?どうしたの?
和佐:いや、久しぶりに会えたから…。
律希:から?
和佐:なんていうか…名残りおしい…というか。
律希:うん?
和佐:帰って欲しくない…というか。
律希:……マジで?
和佐:いやっちょっと、ちょっと血迷っただけだっ。
律希:ふふふ、そんなこと言うの珍しい!
和佐:用事があるんだもんな、分かってる。大丈夫。
律希:ごめんね。これから店の横の外壁直してくれる業者が来るんだ。
和佐:あぁ、そう聞いてた。
律希:店の建物自体は古いからね、ほんとは建て直すかリフォームか、もしくは移転するのが一番いいんだろうけれど。少しずつ直して店続けてる感じなんだよ。
和佐:大変なんだな。
律希:和佐も店来たら、仕事柄、気になるとこいっぱいあるでしょ?
和佐:まぁな。まぁ、あの感じがあのカフェのいいとこなんだけどな。
律希:うん、僕も気に入ってる。あっ、いつか僕の店もデザインしてよ。ずっとカフェは、やっていきたいからさ。……なんて、有名デザイナーさんにお願いする資金はないから一生無理だけどね、ふふ。
和佐:なんだよ、冗談なのかよ。
律希:というわけでほんとに今日は帰らなくちゃいけないんだ。ごめん。
和佐:分かってる。今日は俺、ゆっくりするよ。久しぶりの休みだからな。
律希:じゃあ……はい握手。
和佐:握手?
律希:ハグしよって言おうと思ったけど、離れがたくなっちゃいそうだから。だから我慢して、握手。
和佐:なるほど。ま、そうだな。
律希:はい、手出して。
和佐:おう。ほら。
(握手する)
和佐:……ブンブン降るなよ。
律希:へへ。
(手を引っ張られ抱きしめられる和佐)
和佐:わっ。
律希:ほんとに握手だけかと思った? …ハグもするに決まってるでしょ。
和佐:お前っ。
律希:行ってきます。
和佐M:繋いだ手をグッと引っ張られて一瞬だけ体をぎゅっとしたあと颯爽と去っていった。なんだよ、あいつ。ずるいじゃん。こういうのが幸せなんだろうな。どうかずっと、この幸せを感じていられますように。
【和佐の家(夜)】
律希:(寝言)……ごめ…なさい。
和佐:…律希? 律希。 律希!
律希:ん……う……
和佐:律希?
律希:ん……
和佐:……大丈夫か?
律希:……ん…和佐?
和佐:そう。大丈夫か?
律希:……ん?
和佐:泣いてたぞ。 ほら、涙のあと。
律希:……ごめん。嫌な夢見てた。
和佐:またあの夢か?
律希:うん。たまに見るんだ。疲れてるときとか。
和佐:よっぽどお前の心ん中に深い傷跡を残してるんだな。
律希:中学生だったからね。僕が同性の人しか好きになれないってお母さんに打ち明けてさ。苦しかったから。でもお母さんだけは味方になってくれるもんだと思ってた。
和佐:あぁ。
律希:でも違った。あの日から僕はお母さんにとって「間違えて産んだ子」になった。
和佐:直接そう言われたのか?
律希:うん、何かにつけて「間違えた」って言われたよ。
和佐:そっか。辛かったな。
律希:高校までは出してもらえたけど大学はバイトや奨学金でなんとかしてた。今のカフェはその当時のバイト先で。すっごい優しい年配のオーナーでさ、僕の事情もわかった上でいっぱいシフト入れてくれて。でも息子さん家族と一緒に住むことになったからお店を畳むって聞いてね、僕が跡を継げないかお願いしたんだ。
和佐:その話は初めて聞いたかも。
律希:あれ、そうだったっけ?
辛かったことも話さなくちゃいけないから無意識に避けてたのかも。ごめん。
和佐:いや、謝らなくていい。 俺は、何をしてやれる?
律希:ううん、何もしなくていい。……ちょっとぎゅーってしてくれればいい。
和佐:もっと近くにおいで。
(抱きしめ合う)
律希:ふふ、体、おっきいね。……あったかい。
和佐:こんなんでいいのか?
律希:うん。こうしてるとね、傷ついた気持ちも嫌だった出来事も、二人の体温で溶けて全部無くなっちゃうような気がするんだ。
和佐:いくらでも、いつまでも、抱きしめてやるよ。
律希:和佐のおかげで前よりは「間違えた?」って聞くことが減ったんだよ。ありがと。
和佐:俺の場合そんな経験はなかったからな…。お前の痛みをわかってやれなくて…すまん。
律希:ううん。そっちこそ謝らないで。
和佐:お互い様だな。だけど、これからもお前が間違えてないかどうか俺に聞くたびに、大丈夫だ、間違えてないって言うよ。それしかできないけれど、何回だって言ってやる。
律希:優しいね。
和佐:律希にだけだし。こんなの普通だ。 そうだ、少し、波の音、聞くか?
律希:ふふ。普通、貝殻を枕元に置いとかないよね。和佐の家に置きっぱなし。
お母さんに「間違えた」って言われたあと、この貝殻を耳に当てて波の音聞いて落ち着かせてたんだ。おじいちゃんが昔くれたんだよ。今でもお守りみたいなもの。
和佐:店にもあるもんな。貝殻。
律希:あれは店のオブジェとして置いてるんだけど、あると安心はする。
和佐:そっか。
和佐M:しばらく抱きしめあったあと、どちらからともなく求めあった。口が上手くない代わりに俺の体温で嫌な記憶を少しでも溶かすことが出来るのならと、強く求めた。もちろん優しく愛おしく。
【カフェ】
律希:お待たせ。今日はブレンドにしたよ。
和佐:……あぁ。
律希:どうかした?
和佐:ん?
律希:なんか元気ないね。忙しい?
和佐:まぁ忙しいのは相変わらず。
律希:だよね。この前、SNSに乗ってたけど、反響大きかったんじゃない?
和佐:あぁ、今のネット社会って恐ろしいな。いいことも悪いことも全部持ち込んできやがる。
律希:建築デザイナーの仕事以外で時間取られるの、嫌だね。
和佐:あぁ。
律希:でも……仕事じゃないことで何かあったでしょ。
和佐:さすがなんでもお見通しだな。
律希:当たり前。
和佐:実はな…。俺たちのこと、会社の人間にバレたかもしれない。
律希:え…。
和佐:俺の顔を認知してるやつも増えてきたからな。嫉妬して俺を引きずり下ろそうとして何か弱点はないかと嗅ぎ回ってるんだろうな。
律希:あー…。
和佐:詳しいことはわからん。でも、何か勘付いてるっぽいんだ。
律希:ごめん。僕が仕事中に電話しちゃったからかな…。どうしよう……。会社にバレたら仕事しにくいよね?
和佐:俺はバレちゃってもいいと思ってるんだけどな。ただ…。最近は俺たちみたいなカップルも認められて、前よりは生きづらさがなくなってきてるように思ってたけれど……、まだまだ違うみたいだ。
律希:そうだね…。ごめん、僕なんか間違えた…。
和佐:いや、お前は間違えてないよ。
律希:でもっ。
和佐:心配するな。なんとかするから。
律希M:いつかこういう時が来るかもしれないと心のどこかで思っていた。同時に一緒に居れることが幸せでその時が来ないように願っていた。間違っていないと言ってくれる彼を手放すことが怖かったんだ。
【和佐の家】
和佐:悪かったな、わざわざ家まで届けてもらって。
律希:ううん、大事な資料だったんでしょ。カウンターの椅子に封筒置きっぱなしになってたから、すぐ気づいた。
和佐:普段こんなミスはしないんだけどな、疲れてんのかなぁ…。
律希:すぐ気づいて僕が回収したから封筒の中身も誰も見てないよ。安心して。
和佐:ありがとう。ほんと助かった。会社着いて、めっちゃ焦った。お前の着信に気づいてかけ直してよかったよ。
律希:ううん、どういたしまして。
和佐:はぁ……良かった。
律希:ほんと、疲れてるね。
和佐:なんか最近はな、特に。
律希:何か余計な負担掛かってるからじゃない?
和佐:余計な負担?
律希:そう、仕事以外で。
和佐:は? 別になにもないよ。
律希:ほんと?
和佐:あぁ。何も。仕事が立て込んでるだけだ。
律希:あるよ。仕事以外に。
和佐:さっきからなんだ? 何が言いたい?
律希:ねぇ、和佐。僕と付き合ってること、……重荷になってない?
和佐:はぁ? なんだそれ。 なってるわけないだろ。
律希:仕事に影響が出てること、僕に隠そうとしてるでしょ。
和佐:……別に。仕事はちゃんとやれてる。
律希:うそだ。
和佐:お前に仕事のこと、とやかく言われたくない。
律希:……。
和佐:あ……すまん。嫌な言い方だったな。とにかく大丈夫だ。
律希:そうやって、いつもなら言わないような嫌なこと言っちゃうのって、心や体にストレスが掛かってるからじゃない?おかしくなってるんだよ。
和佐:おかしいってなんだよ。いつもと変わりないだろ。
律希:おかしいよ。
和佐:俺は大丈夫だ。言い方が悪かったのは謝る。少し休んだら元に戻るから、またどこかに旅行にでも行こう。
律希:……いっつも僕を気遣ってばっかり。 なら……、なら言ってあげるよ。
(以下、キツめの口調で)
僕は心配してるフリをしただけだ。そういうフリに和佐は騙されてるんだよ。
最近、バレないように付き合ってるのも疲れてきてたんだ。
カレー届けるのも、体調を見てコーヒーを出すのも。
ほんとめんどくさい。
和佐:……は?
律希:だから……。 だから、別れてよ。 もう無理だから、別れて。
和佐:お前…。
律希:僕ら、きっと住む世界が違うんだ。僕、もう疲れちゃった。
和佐:律希……。待ってろ。今、貝殻持ってくる。
律希:いいよ、いらないよ。そんなの聞いてもどうにもならない。
和佐:波の音聞いたら安心して落ち着くんだろ。
律希:いらない。
だって……。貝殻から聞こえる波の音って、ほんとは波の音じゃないってわかってる。
周りの音が貝殻の中で複雑に共鳴して揺らぎみたいな音に聞こえるだけだって。
そんなことわかってるんだよ。そうやって騙し騙し生きていってもいつか爆発する。
僕との付き合いも隠して疲れて、いつか爆発する。
なら、その前に別れた方がいいんじゃない?
疲れるなら、つらいなら……、ううん、もう疲れたから……別れよ。
和佐:律希!
律希:もうお店には来ないで。言わなきゃって思ってたから、忘れ物してくれてちょうど良かった。
貝殻はいいよ。あげる。お店にもまだいっぱいあるし。
楽しかった。幸せだった。
……じゃあね。……元気でね。
和佐M:何も言えなかった。追いかけることさえできなかった。繊細な彼がどういう気持ちで今まで過ごしてきたかを受け止めるには、一瞬のことすぎて無理だった。彼の優しさに、強がりに、甘えた俺はバカだった。愛し合ったあの夜が今も脳裏に焼き付いている。
【和佐の家(夜)の続き】
律希:ね、……もうちょっと…強くぎゅってしてもらっても…いい?
和佐:ん。このぐらい…? …もっと強く?
律希:これで充分。……ありがと。
和佐:遠慮はするなよ。
律希:こういう波の音が聞こえるところでずっと暮らせたらいいなぁ…。
そういえば最近ね、雑誌に出てる和佐見てたら、遠い人になっちゃったって思ってた。
和佐:なんでだよ。
律希:和佐……。ずっとこうしていられたら、いいね。
和佐:そうだな。
律希M:悪夢を見た夜。繋がることがあんなにもつらい気持ちを癒すなんて思ってなかった。彼の体温が泣きそうなほどあったかくて、傷ついたあの記憶が、ほんとに溶けていくようだった。でも、あの夜にはもう戻れない。もう二度と戻らない。
【カフェ】
(馴染みのお客様と会話)
律希:はい、おつり。久しぶりに来てくれてありがとうね。……幸せそうだね。幸せになったんだね。
いや、僕はまだまだ。そうだな、ずっと一人かもしれないな。……なんてね。
ありがとう、また来てね。お隣の彼と一緒に。
(カップルを見送る)
律希:いらっしゃ…
和佐:カレー。それとコーヒー。
律希:なんで…。
和佐:コーヒーはおすすめのを頼む。
律希:……。
和佐:聞いてるか?
律希:なんで?
和佐:さぁ、なんでだろうね。
律希:もう…来ないでって。会うことはないって…。
和佐:いま会ってる。
律希:だからっ。たぶん僕、戸惑ってる。
和佐:あれからもう3ヶ月だからな。 …久しぶり。元気だったか。
律希:……。
和佐:ばかっ。泣くな。
律希:だって…。
和佐:ちょっと話したくて。 まぁ食後でもいいんだけれど。
律希:あっ、えっと、いま用意する。
和佐:待て。やっぱり先に伝えたい。
律希:えっ。
和佐:これ、見て。
(家の設計図を見せる)
新しい家のデザイン。
律希:あーうん。仕事、頑張ってるんだね。
和佐:俺らの。
律希:え?
和佐:俺らの家のデザイン。
律希:……は?
和佐:場所はここより少し南の地方。そして海岸沿い。
律希:海岸…。
和佐:歩いていける距離に海がある。
律希:歩いて?
和佐:そう。波の音がいつでも聞ける。
律希:それって。
和佐:貝殻だけじゃなくって、本当の波の音が聞ける。
律希:どういうこと??
和佐:別れたけど、どうしたらお前と一緒にいれるか考えていた。会社という組織に居られないなら、別にそこに属さなくてもいい。幸いフリーでやれる仕事だ。今の時代、ネットでデザインも確認してもらえるご時世。だから、都会から離れていても大丈夫。
律希:でも、僕と一緒なんて…。
和佐:ばか、お前と一緒じゃなきゃ意味がないだろう。お前と一緒に住むために、暮らしていくために建てる家なんだからさ。
律希:ほんとに?
和佐:あぁ。
律希:僕、ひどいこと言って別れたんだよ。
和佐:あれは、俺のために言ったのなんてお見通しだ。 あの時、お前の苦しさにすぐに気づいてやれなくてごめんな。
律希:いいの? ほんとに? ……ほんとに一緒に住んでもいいの?
和佐:あぁ。
律希:ずっと? ずっと一緒にいていいの?
和佐:あぁ。
律希:僕…、僕、今ここで「一緒にいたい」って言っても間違ってない? わがままみたいなこと言っても間違ってない?
和佐:お前は間違えてないよ。少なくとも、一生の伴侶に俺を選んだことは絶対間違えていない。ていうか、俺がお前がいないと無理なんだよ。
律希:……ばか。
和佐:お互い一緒にいたいと思ってるんだから、離れるなんて馬鹿げてる。そう思わないか?
律希:ふふ、そうだね。 僕は…和佐と……一緒にいたい。
和佐:よかった。俺も律希と一緒にいたい。
待たせてごめんな。色々整理したり、いい土地探したりしてたらこんなに時間が経ってた。
律希:ううん、もう会えないと思ってたから。嬉しいに決まってる。
和佐M:驚いている彼も泣き顔から笑顔になった彼も、やっぱり愛おしい。ここまでくるまでにあったゴタゴタも、この一瞬でチャラになるぐらい幸せだった。だから俺も間違ってない。彼と一生を過ごす俺は幸せになるに違いない。だから、最後に感謝を込めて、もうひとつサプライズを。
和佐:それと、ここ。間取り図のここの部分。新しい家の一部で小さなカフェができるようにしてある。
律希:えっ。えっカフェ? ほんとに? カフェ?
和佐:あぁ。もちろん営業できるようにする。
律希M:目の前にいるのが、本当に彼だとまだ実感できそうにない。こんなことってあるのか。きっと僕は一生分の幸せを今手に入れた。だから僕の人生は間違っていない。絶対、間違っていない。貝殻もきっと、もう必要ない。
和佐:だから、朝はそこで俺のためだけにコーヒーを淹れてくれないか?
律希:…ばか。もちろんとびっきり美味しいコーヒー、毎朝淹れるから。
和佐。それとな、律希。
この世に生まれてきてくれて、ありがとう。
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